隣の席のお姉様──アメリカの洗礼、第二章
前回の「アメリカでの第一声」で、“United Statesはどこ?”とやらかした僕だが、物語はまだまだ続く。ようやく英語で話しかけるという第一歩を踏み出したものの、そこからがまた、波乱含みだった。
ウェスタン・エアラインズのカウンターで「アメリカはどこですか?」と質問してしまった僕は、無事にユナイテッド・エアラインズの場所を教えてもらい、再び大きなボストンバッグを引きずって移動を開始した。
このボストンバッグがまた、異常に重い。生活用品、衣類、留学のための書類や英語の教科書、さらには「一応持っておこう」と詰め込んだ日本のお菓子まで詰め込まれており、重量的にも精神的にも、まさに人生を背負ったバッグだった。
巡回バス?そんなものがあるなんて知る由もなかった僕は、延々と歩いた。思えばあれが空港内の“サバイバル訓練”だったのかもしれない。1キロくらい、いや、体感では3キロ歩いた気がする。
ようやく見つけたユナイテッドのカウンター。ついにここまで来た……!と安心したのも束の間。チェックインカウンターのお姉様にチケットを差し出すと、にこやかな笑顔とともに、まさかの一言が返ってくる。
「このチケットは、ウェスタン航空のものですね。」
「……は?」

見せられたチケットには確かに“United Airlines”と書いてある。が、どうやらそれはユナイテッドが発券したウェスタン航空運航便のチケットだったらしい。
いや、さっきのウェスタンって、あの、“Where is United States?”事件の現場じゃないか。あそこに戻れと?あの笑われた場所に!?
ガーン。
再び、僕はあの長い道を、乾いたロサンゼルスの空気の中を、ボストンバッグを引きずりながら戻ることになった。
ギロチン台に向かう処刑人の気分って、たぶんこんな感じだったんだろうな……なんて、アメリカ初日から思い知る羽目に。何もかもがうまくいかない。暑い。重い。帰りたい。
ようやくウェスタンのカウンターに戻ってくると、そこにはあの爆笑していたグランドホステスたちの姿はなく、代わりに気品あふれる銀髪の女性が立っていた。
ほっ……。
人生、こういう小さな安堵が本当にありがたいものだ。優雅な笑顔と丁寧な対応で、スムーズにチェックインは完了。ようやく、僕はゲートへと向かうことができた。
ボーイング737と、謎の「バコー」
搭乗したのは、ウェスタン航空のボーイング737。飛行機の中も、初めて尽くし。人生初のアメリカ国内線フライトだ。
タクシングが始まり、機内ではフライトアテンダントによるお決まりのセーフティーデモンストレーション。シートベルトの締め方、酸素マスクの使い方、救命胴衣の装着方法などが、機械的な早口のアナウンスと共に行われる。
その早口がまったく聞き取れない。何を言っているのか、完全に置いてけぼりだ。
唯一記憶に残ったのは、シートベルトの説明中に「バコー!」「バコー!」と繰り返していたこと。多分「バックルをカチャッと締めてください」って言ってたんだと思うけど、僕には“バコー”としか聞こえなかった。
それでも、なんとかなるもので、飛行機はゆっくりと滑走路へ。
「What did she say?」──人生で初めて聞かれた英語
タクシングの途中、隣の席に座っていた黒人のお姉様が、急にこちらを振り返ってこう聞いてきた。
「What did she say?」(彼女、何て言ったの?)

えっ!?
えええっ!?
いやいや、僕こそわからないんですよ。人生初のアメリカ国内線ですし、英語だって全然ダメなんです。今、緊張で口の中カラッカラなんです。
でも、そんな説明をする語彙力も英作文力もない。
とっさに僕の口から出たのは──
「She said… Let’s go!」
これが僕の、アメリカで“初めて誰かに頼られた瞬間”だった。
「隣の席のお姉様」がくれたもの
その黒人のお姉様は、僕の返答に満足したのか、ふっと表情を緩めた。そしてそれ以上何も聞かず、微笑んでくれた。
正直、「Let’s go!」なんてアバウトすぎる返しだったけど、あの時の僕には、それが精一杯だった。そしてその優しさが、どれだけ救いになったか。
アメリカは広くて、大きくて、そして怖い場所だと思っていた。 でも、そんな中で交わしたちょっとしたやり取りが、僕にとってはものすごく温かく感じられたのだ。
飛行機は無事に離陸し、窓の外には西海岸の街並みが夜の光に照らされて広がっていた。
このときの僕の心の中には、ひとつの確信が芽生えていた。
「たぶん、これから先もきっと、なんとかなる」

次回、ついに目的地・サンフランシスコに到着!
果たして僕は無事にホームステイ先へたどり着けるのか?
またしてもやらかすのか!?
つづく。
